本記事は、コピーライター歴30年の私が、長く付き合うクライアントの案件でつくることがある表記ルールリストについての記録です。つくり方や使い方も取り上げます。
キャッチコピーだけを書くと思われがちなコピーライターという仕事。実際には業務は多岐にわたります。表記ルールリストの作成は事務作業的な要素も強いのですが、コピーの品質管理や校正をスムーズにするためにはあると便利なので積極的につくることもあります。
表記ルールリストは言葉の運用ルール表
制作物に掲載する文章において、「できる/出来る」「問い合わせ/お問い合わせ」など、どちらも間違いではなく正しいけれどどちらの表記を採用するかといった基準を定めたものを、表記統一リスト、表記ルール表などと呼びます。
たとえば中吊り広告だけで終わるときは表記ルールを気にするポイントが生じにくいです。会社案内や会報誌、パンフレットなどの冊子ものでは、ページ数が増え、文字量が増えるほど、表記のゆれが起こりやすくなり、「この言葉はどう表記すればいいんだっけ」と気になる箇所が増えます。クライアントの担当者のそのときの判断や担当者自身の習慣や好みにより、赤字(訂正)がゆれることもあります。
制作物や担当者によって言葉遣いが異なるのを防ぎ、品質を均一化するために必要なのが、表記ルールリストなのです。
ちなみに、すべてのコピーライターが表記ルールリストにかかわっているわけではありません。大きな広告案件でクリエイティブディレクター的な役割を担うコピーライターなら、表現の方向性や企画全体を見ることが中心になるでしょう。私の仕事の中では販促物やページものの案件が一定の割合を占めるので、コピーの品質管理や運用のしやすさを考えて作成することがあります。反対に、単発の新聞広告で作成することはまずありません。
校正へのかかわり方はさまざま
私がかかわってきた広告や販促の仕事では、コピーライターはコピーの品質に責任感を持って取り組みますが、校正工程の最終判断までを必ず担う立場ではありません。校正には責了・校了などの考え方があるように、最終的にGOサインを出すのはクライアント、またはその責任を負う会社です。もしその責任を負う制作会社に私が属しているなら、最終的な段階で確認します。私が所属していた制作会社では、コピーライターがいつでも入稿前の校正に対応できるとは限らないため、営業やディレクターや総務など、社内の誰かが最終確認を代行してくれることも多かったです。
文字校正をきちんとしたい、社内では対応しきれないといったクライアントは、専門の校正会社や校正者にカンプをまわしてチェックしてもらうこともあり、そういう案件は安心感が絶大です(でもチェック漏れがゼロになるわけではありません)。健康食品などの広告では、薬機法や景品表示法について専門業者のチェックを入れるケースもあります。
入稿の前にちょこまかと訂正が入って私が最後まで把握できない案件を除き、入稿の前後で必ず一度は通して読むようにしています。このような校正の中で必ず発生するのが、表記のゆれ問題です。
「表記ルールリストはありますか?」
初めてお付き合いするクライアントには、「御社には表記ルールリストはありますか?もしあれば共有してください」とお願いします。表記ルールの有無やその後のやりとりから、制作物の確認体制やこだわりの度合いがなんとなく見えてくることもあります。
実は、有名企業でも表記ルールが整備されていないケースは珍しくありません。私の推測ですが、制作物を発注する部署が一か所ではなく複数に分かれている企業では、それぞれの部署や担当者が個別に確認しているため、負荷が一部に集中しません。そのため、全社共通の表記ルールを整備する必要性が表面化しにくいのではないかと思います。「その都度判断しています。そのツールの中で表記が合っていたらそれでいいです」というクライアントもいます。
逆に、中小企業でも販促関係の仕事が一つの部署に集約されたくさんの広告や印刷物を扱っている場合は、表記を整備する必要性をひしひしと感じていたり、昔誰かがとりまとめた表記ルールリストが存在していたりします。
長く付き合うクライアントには作成を申し出る
一回限りのパンフレットの制作では申し出ませんが、定期的に続く冊子ものなどを受けたら、「もし必要なら」の前置きつきで、表記ルールリストの作成または既存のリストの加筆修正を申し出ます。私の経験上、いやがるクライアントはいません。私が長期的に向き合おうとしている姿勢も感じ取ってくれるのか、歓迎されます。
作成したからには運用も必要
クライアントが歓迎してくれるからといってむやみに表記ルールリストの作成を申し出るのは考えもの。一緒に取り組んでいる制作会社などの中間業者に事前に確認する必要があります。
なぜなら、表記ルールリストをつくることは、それに基づいてチェックをして表現をそろえるという宣言にあたります。リストに加えるべき新たなワードや訂正が発生したら、手を加えていかなければなりません。その負荷を望まない制作会社も、ごくたまにですが存在します。
表記ルールのつくり方・決め方
表記ルールリストを引き受けることになったら、まずは制作物を一つは完了してそのクライアントならではのゆれやすい言葉や頻出ワードなどを把握してから始めます。既存リストが存在してもしなくても、基本的にすることは同じ。私の手元には多くの案件で培ってきたゆれやすいワードや議論になりやすいワードのリストがあるので、Excelのセルにそのワードを並べます。たとえば「できる/出来る」のように、どちらも間違いではない表記でも、特別な理由がなくクライアントもこだわりがなさそうであれば「できる」と決めてしまいます。次に、制作した中で把握したそのクライアントが定めておいたほうがよさそうなワードを追加します。
右のほうに「メモ」「補足」といった列をつくっておき、決めた根拠や理由やトピックもわかる範囲で書きます。たとえば「記者ハン14版に基づく」「企業スローガン内のワードなので合わせる」「製品名に入っているので揃える」などです。記者ハンとは『記者ハンドブック』のことで、新聞での表記ルールを定めた辞書のようなもの。どう決めようか迷ったときはこれに頼るのも方法です。
そしてここからが実際のコピーライティングに密接にかかわるところです。
表記は「正しい」ではなく「ふさわしい」で選ぶ
前項で『記者ハンドブック』を挙げました。クライアントにとって特に重要ではない言葉を、多くの人に違和感なく読んでもらえる表記にしたいときは、「『記者ハンドブック』ではこうなっている」という判断で決め、表記ルールリストに定めることもあります。
ですが、クライアントのイメージや商品に深くかかわり、制作物の中で何度も登場する言葉の表記には、コピーライターとしての意図を入れます。ただし、私が勝手に決めるわけではありません。なぜその表記にするのかという理由を添えたうえでクライアントに共有し、同意・承認をもらって正式なルールにします。
重要ワードや頻出ワードの表記は、クライアントのブランドイメージ、商品の世界観、読みやすさ、文字から伝わる雰囲気まで含めて考えます。「活かす」と「生かす」はどちらも正しい日本語ですが、機械メーカーと自然食品メーカーでは、私なら提案する表記を変えます。
女性向け商材をよく担当する私がよく設定する3ワードは、「キレイ/綺麗/きれい」「健やか/すこやか」「美味しい/おいしい」です。たとえば、キレイは読みやすい、綺麗は本当に美しい人のイメージがある、きれいは心身ともにピュアで健康的な感じがします。その上で、クライアントの社名や商品名に漢字が多ければ、「綺麗」にすると漢字ばかりになるかもしれません。かといって「きれい」だと、その前後の助詞(ひらがな)と続くとすぐに読めないおそれもあります。
そのような理由を挙げつつ、そのクライアントに一番ふさわしい表記は何かを提案し、同意を得ます。私が書くコピーには、使った言葉のすべてに選んだ理由があり、表記も同じです。そして、このルールがあることで、長く続く案件でその言葉が出てくるたびに「どうだったっけ」と迷う人が発生するのを防げます。取り決めがあるのとないのでは進行のスムーズさが違うのです。
リストは運用して育てていくもの
表記を一度決めたらずっとそのままでなくてもかまいません。新しい商品が出たときなどには、リストに加えるワードが増えるし、相応な理由があればみんなで協議して変えればよいのです。もし数年経って私がその仕事を離れることになっても、表記ルールリストが育っていき、役に立てばよいなあと思っています。
表記の運用が気になり始めたら…
これまで表記ルールリストについて書いてきました。表記まわりで発生する訂正や確認に悩みやストレスを感じている方の参考になれば幸いです。
ただ、クライアントが特に表記について細かくなく、コピーライターのあなた自身もさほど気にしない状況なら、お互いにストレスもないので、必ずしもあったほうがよいとはいえません。同じ制作物の中で表記が揃っていればいればよく、それで現場がうまく回っている場合も同様です。
継続的に取り組む案件で、毎回同じような言葉に対して赤字が入ったり確認されたりして、そのたびに同じような回答をしていて、ちょっと負担かもと感じているなら、表記ルールリストの作成を検討してもよいと思います。
忘れてはならないのは、作成にかかるコスト(時間)は、多くの場合、ギャラの対象にはしてくれません。申し出たからには運用や更新も発生します。それでも制作の負荷やストレスが減ると感じるなら、作成をおすすめしたいです。もし現在、同様の確認作業にちょこまかと時間を割いているのであれば、発生した赤字や気になる表記をメモっておき、試験的に導入してみてください。実際、このリストにより進行は格段にスムーズになりました。クライアントも判断に迷わないのでストレスが減ります。
最後に(まとめ)
品質の均一化: 表記ルールリストは、制作物の品質を保ち、校正の手間を減らすための便利な運用ルール表です。
「ふさわしい」で選ぶ: 表記は単なる正誤だけでなく、商品の世界観やブランドイメージに合わせた「ふさわしい」表記をコピーライターの私が提案しています。
育てるツール: リストは一度決めて終わりではなく、制作状況に応じてクライアントと協議し、育てていくものとして運用します。

