「100案出せ」と本当に言われて育った私の今

本記事は、コピーライター歴30年の私が、広告現場で当たり前に実施されていた「100案出し」の習慣を現在の業務でどう活用し、クライアントとの関係構築や作業効率化に結びつけているか、その実例を記録しています。

広告制作では「100案出せ」と教育される文化が昔からあります。私も30年前の新人時代にそう言われました。一見すると非効率にも思えるこの習慣ですが、私の実務では修正を減らし、仕事をスムーズに進める助けになっています。

100本ノックは実在します

「100案出せ」「100案考えろ」

コピーライターになりたての頃、上司にあたるコピーライターやディレクターからよく言われていました。令和の今、こんな指示をすると問題になりそうですが、広告業界のクリエイティブ畑ではたしかに存在した(する)のです。

そうした風土のない職場もあります。これまで出会った中では、エディトリアル系の案件が多い制作会社では100案指導がなさそうでした。

100案と聞くと、ほかの業界の人やコピーライター志望者は「そんなに必要なの?」 「非効率では?」 「数より質では?」と思うかもしれません。実は100という数字は象徴的な存在であり、90案で何かが見えてくるかもしれないし、案件の規模にや種類によってはもっと少なくても十分に機能します。

「100案出せ」肯定派です

私は「100案出せ」と指導してもらってよかったと思っています。

たくさんの案を出す理由には偉大なる先人たちが語られているのでここではそれほど触れません。では今の私が感じているメリットは何か。それは「複数案を出すのが当たり前」がしみついて苦ではないことです。

実はこれが通常業務になっていない人もいるようで、比較された場合にとても有利。そして業務がスムーズに進み省力化になるという絶大なメリットもあるのです。

出さない人と比べれば有利です

先に挙げたメリットは、主に定期的に刊行される冊子ものや新製品のリーフレット制作など、マス広告や大プレゼンではないけれど、コピーライターの少なくない割合の人が日常的に携わっている案件において、前任者やクライアントが接したコピーライター(またはライター)が1案しか出さない人だった場合に享受できます。

前提として、提出するすべてのコピーやカンプは大小の差はあれどプレゼンであり提案であると私は考えています。でもその性質はさまざま。大きなキャンペーンの競合プレゼンなら100案を過酷と捉えないクリエイターは多いし、クライアントが提案数を絞らない限り、複数の提案を考えるのは当たり前です。

ところが、販促ツールとして定期的に刊行される冊子ものや新製品のリーフレットなどでは、100案なんてありえません。継続案件として稼働していてクライアントとほぼ協議できているならなおさらです。適した熱量が違うのです。

そもそも大キャンペーンのプレと継続案件のページもののクリエイターは、“ご近所だけどちょっと番地が異なる界隈”の住民である場合も多く、後者は編集畑中心のライターさんが担うこともあり、慣習も異なります。ぶっちゃけ、ギャラも違います。

ポイントは、このあたりのツールのタイトル案やキャッチコピー案となると、複数の案を出さない人もけっこういるということ。さらにリードやボディコピーとなると1案進行になります。

なぜ他人のことがわかるのかというと、これまで私が外注依頼したコピーライターと名乗る人やライターさんの納品物を実際に見ているから。また、案件にチームの一員として加わるときに過去の制作経緯などを見せてもらったり、オリエンの一部として「今こういうツールの制作を別の担当者が進めている」と共有してもらう機会が少なくないからです。

1案だけ提出されたクライアントが「ちょっと違う」とフィードバックすると、それだけでスケジュール内のアクションをひとつ消化したことになります。キャッチコピーは続くリードやボディの言葉選びにも影響するので、意図がすぐに伝わらず全体がなかなか整わないといった事態をクライアントが経験しています。

そこへ何種類かを提案するのが当たり前の私が加わると、純粋によろこんでもらえるというわけです。「え、そんなに単純な話なの?」と思うかもしれませんが、何度も経験があります。「前の方は1案しか出してくださらなかった」実際に言われたこともあるので、事実です。

結局は自分がラクだから出しています

案をたくさん考えるなら省力化とは反対では?と思われるかもしれません。ですが、複数を提案すると、比較検証した上で納得して決まるので、その後の修正がほとんどありません。ナシ案もわかり今後の提案の参考にもなります。

自信がないからたくさんつくるわけでもないのです。予想した案や方向性に決まることがほとんどです。同業者は納得するはずですが、あえてのナシ案を見せることも多々あります。

リードやボディコピーも、デザイン案別に入れ替えてもらったり、クライアントとの関係性によっては別案の原稿を添付したりと、テンション違いや長さ違いをできるだけ見せます。ボディコピーの中の一部に「このワードでオリエンをもらっているけど突っ込まれるかもしれないからこっちの表現のほうが安全かも」という言葉があれば補記しておきます。どのクライアントも攻めた表現を使いたいのはやまやまでも、今のご時世は炎上を防ぎたいので、安全策を採用されます。

制作物に正解はなく、クライアントも私も天才ではありません。ちゃんと検討して決めたという納得と満足は、その後をスムーズに進めるうえで大切だと感じています。

ただ多いだけは迷惑なので要注意

案を展開する上で注意したいのは、その数やバランスです。制作物ごとにクライアントにとっての重みも予算もmtgに割ける時間も違います。適度なボリュームを判断し、オリエンへの素直なアンサーに加えて、やや方向性をずらしたAダッシュ的な案、違う観点からの案、自分がどうしても出したい案、ナシ案などからピックアップ。話の流れによっては見せる“控え”的な案も用意しておきます。

コピー案=カンプ案のようなときは、デザイナーの負荷も増えます。私が組んでいるのが複数案を当たり前につくるデザイナーばかりとはいえ、ビジュアル違いの案にコピー案をうまく散りばめられない場合は、コピーの差し替えだけで済むのか、リードやボディコピーのボリュームが変わってレイアウト調整が必要なのかなどにも留意しつつ相談します。

このような提案の習慣は、制作フローの最初の段階では労力がかかりますが、きちんと決定すればその後の修正が少なく、デザイナーにとってもラクなので、「小春が(チームに)入ってから修正が少なくなった」と何度か言われたことがあります。もちろんクライアントからも。

ここまで書いてきたことを当たり前として行っている人は確実に一定数います。そんな人は「はあ?特別なことのように書いちゃってどうしたの?」とせせら笑いしたいかもしれません。でも、していない人もいるんです。会社の方針なら仕方ありませんが、自分一人の裁量でどうにでもなる立場の人が案件の継続や省力化を望んでいるなら、複数の案を出すのは有効かもしれません。

100案という数字そのものが大切なのではありません。複数の選択肢を考え、比較しながら提案する姿勢。それが今の私の仕事の土台となり、修正を減らし、仕事をスムーズに進める実務につながっています。

最後に(まとめ)

100案の真意: 数字そのものを満たすことよりも、複数の選択肢を比較検証する姿勢こそが、修正を最小限にするクリエイティブの土台となります。

当たり前に行うメリット: 日常の小さな提案でも複数の案を出すことで、複数案を出さない人との差が生まれ、結果としてクライアントからの信頼と仕事の円滑化につながります。

提案の質と配慮: デザイナーの負担や予算規模、案件の温度感を踏まえた「適切な数と方向性」を見極めることで、はじめて複数を出すことの意味が生まれます。